
The photo above was taken this February. My mother was once a master of the Sogetsu school of Ikebana and a skilled calligrapher. My parents, both in their late eighties, divorced at the end of March. In April, the Family Court granted my petition to change my surname to my mother’s. I am moving to a new home with my mother, who requires care, to begin a quiet and humble life together. I want to keep looking forward as much as possible.
天満宮でひと休みしていたときだった。ひらひらと二頭の黒い蝶が飛んできて、一頭が足にとまった。蛾のように翅を広げてとまったので、何という種の蝶なのか少し気になった。天神さま(菅原道真公)の使いかなと勝手に解釈しながらAIのGeminiに訊くと、それはどこにでもいる蝶のようで、蝶が足にとまる科学的根拠はできれば知らない方が幸せだったかもしれない。小三条(コミスジ)というその蝶が神社で足にとまるスピリチュアルなメッセージだけを信じておこうと思った。
翌日、タンポポの在来種・外来種・雑種の分布調査で担当エリアを歩き回った。そのエリアでは雑種が多数生息していたけれど、それを私は見間違えて、ほぼ外来種だとレポートしてしまった。一株だけ、在来種を見つけたと思ったのだが、五月に在来種が咲いているだろうか、ましてや野原ではなく歩道の脇ならば、尚更それは雑種または外来種ではないかとあとで思い直した。そうして足元を見ながら歩いていたら、黄色いタンポポの花のそばで、人生で初めて四つ葉のクローバーを見つけた。

駅を出たところで、突然、激しい雷雨にあった。区役所へ行き、その足で不動産屋さんへ向かう途中だった。折り畳み傘を広げて車椅子に座る母に持たせた。自分はシャワーを浴びるように雨に打たれたけれど不思議と不快ではなかった。雲の合間からは太陽が出ていた。その少し前、老齢の母が珍しくラーメンを食べたいと言った。それを幾分聞き流して小田急沿線の箱根そばに立ち寄ると「店舗限定・ワンタン箱らーめん」というのがあった。麺がそう思えただけかもしれないし、ラーメン通には物足りないかもしれないけれど、それは自分が生まれた場所の近く、東京の東長崎で母方の祖父の弟子がやっていたラーメン店の味を少なからず思い出させた。「おじいちゃんの導きかね?」と自分は母に訊いた。「そうよ、そうに決まってます」と母は頷いた。母はいけばな草月流の師範だった。その手彫り看板の存在を数十年間すっかり忘れていた。区役所にはそんな母方の氏に改姓した自分に関する用事で行った。雨足が弱まるまで雨宿りさせてくれた不動産屋さんからの帰路、小田急線の車窓から鈍色の空が見えた。「母さん、虹が出ているよ」と窓の外を指差すと、条件反射のように、あるいは気の晴れるちょっとした出来事でも探すように、電車内で近くに立っていた中年男性が身を屈めて窓の外に目を遣(や)った。
“それはあまりに凡庸で、いささかパセティックにすぎるのだ” 村上春樹





















