The sound of local spring water

I recorded the sounds of water at two different locations, thinking I could distinguish the varying flow rates of these local springs through sound. You can hear wild birds faintly in the background, though to my own ears on-site, their songs felt much louder.

湧き水の環境音。二箇所それぞれの湧き水で異なる流量の音と背後でほんの微かに聞こえる野鳥の声をiPhoneのマイクで簡易収録。三箇所めは目的が清掃行事だったので未収録。

*SoundCloudのアプリをインストールしていない環境でも「Listen in browser」または再生ボタンをクリックすると再生されます。視聴される際はモニターヘッドホンまたはイヤホン推奨。

 

Thinking the sound of water alone might be a bit monotonous, I’ve also included a demo of an old original instrumental track of mine. It’s an older style of music, so it might even be more tedious…
I’m writing out the chords for this track for a friend of mine.
[Verse A] Fmaj7, Cadd9, Fmaj7, Cadd9
[Verse B] Fmaj7, G, Asus4, A
[Chorus] Dmaj7, A, Cmaj7, Cmaj7 (A#maj7, Cmaj7, Dmaj7)
Written by Masato, 2017
Guitars, Keyboards and Programmed by Masato, 2017
蛇足

 

Research: Local spring water ♯03

At this site, clear water emerges from the gravel layer. This spring is a vital habitat for black-winged damselflies, located just a short distance from my house. It remains a restricted area, opened only once a year for the caretakers of the ‘Water Deity’ (Fudo-son / Acala). While wasabi was once farmed downstream, what strikes me most is how this place differs from other local springs—it is a bright, beautiful landscape that I perceive as a unique geological singularity.

Side A
いよいよ地元の羽黒蜻蛉が生まれる湧き水遺跡に足を踏み入れた。昨年まで僕はその場所の存在すら知らず、複数の地主さんから教えられた。「そこは立入禁止。年に一度、不動尊清掃で自治会役員のみが敷地内の立入を許可される」。不動尊清掃の当日、地権者を含む関係者が列になってその敷地に入った。倒木の奥に広がる空間にはかつてのワサビ田の面影が残り、所々で鮮やかな緑色のワサビの葉を目にした。足元にゴツゴツとした石が連なる上り勾配の沢を踏みしめていくと上流から比較的流量の多い水が流れてくる。辿り着いた先は高台で、目の前は垂直に切り立った絶壁だった。水の湧き出る流出口は地層に沿って横一文字。天保12年と台座に刻印のある不動尊が祀られていた(1841年/江戸時代)。「こんなにはっきりと地層の境がわかるなんて。しかもこの水量!」と自分は興奮してしまった。他の湧き水遺跡と比べて明るく美しい景観、人知れず代々大切にされてきた場所に納得した。一方で、自治会連合会元会長の言葉にも考えさせられた。段丘崖はハザードマップのエリア内なので、段丘面(崖上)の宅地化の際、移住者から行政に土地整備の要望が出されることも少なくないらしい。

 

As terrace cliffs are designated as high-risk areas on hazard maps, tensions occasionally arise between those advocating for residential development and those seeking environmental preservation—or, more fundamentally, between anthropocentrism and non-anthropocentrism. From a hydrological perspective, the continued flow of groundwater serves as evidence of a healthy water cycle. While the traditional Japanese belief that deities reside in all things is fading in modern society, there is a profound need to reconsider the wisdom of our ancestors—why they enshrined deities and Fudo-son (Acala) in these specific locations—as we look toward the future.

Side B
「どうでした?」とその日の夕方に電話があった。同じ低層マンションに住むかつての自治会長からだった。「いやもう…」と僕は間を置いて、語彙力のなさを無言で補うことにした。「…最高でした」。あははと笑った元自治会長が教えてくれたのは不動尊の祟りのエピソードだった。ある年の自治会長は湧水や神仏にご関心がなかったのか、不動尊清掃を実施しなかったらしい。不動尊は右手に持つ剣で迷いを断ち切り、背負う火炎で煩悩を焼き払うと言われている。するとその会長はご病気を患い他界され、同様に不動尊清掃を実施しなかった翌年の会長も他界されたらしい。二年続いた不幸の後、役員による不動尊清掃を再開してからはそのような事象は起きていないのだという。宅地開発派と自然環境保護派、あるいは人間中心主義と非人間中心主義の間では時に折り合えないこともあるのかもしれない。そんな中、なぜそこに神や不動尊が祀られているのか未来を見据えて見つめ直す必要はあるかもしれないし(水文学の観点では地下水が枯渇していない地域は水循環が健全であることのエヴィデンス)、自分の目には知る人ぞ知るこの不動尊があるからこの地に住んでいる、この先そう心に留めておける大発見で、仮にも将来、土地整備が計画されることがあっても、ここは稀に見る地質学的特異点であると映った。

*参考文献:『地下水は語る − 見えない資源の危機』守田優

 

不動尊の背後は礫層、緑や赤などカラフルな水生植物が生息していた。
#Hydrology #Animism
PLAUBEL makina 67, ILFORD HP5 PLUS (Fujifilm Microfine 19℃ 8’20”, SILVERCHROME Rapid Fixer)

 

Research: Local spring water ♯02

I focus on folklore and legends as the starting point for my research on local springs, followed by geological and hydrological studies. At this site, a water deity is enshrined with a handmade torii gate. Due to the wetlands formed by the fault line spring, the source remains difficult to approach. The presence of fallen trees further defines the area as a sacred, demarcated space.

Side A
地元周辺に段丘面と段丘崖と平地から成る地形的起伏に富んだ公園があり、段丘面では縄文土器が出土、縄文時代の竪穴式住居跡が残る国指定史跡となっている。段丘崖の木々に覆われた小さな神社には水の女神が祀られている。神社周辺の平地は湿地となっていて、山間の観光地の湿地帯のように木道が設けられている。野鳥の囀りが終始聞こえ、木道の下では草木の間をさらさらと清流が流れている。湧水(ゆうすい)の流出口は段丘崖の人目につかない森の中にあり、公園内とはいえ無闇に近づこうとすると水を含んだ地面に足をとられてしまう。湧水周辺に共通するのは聖域との境界のような数々の倒木。万物に神が宿るとされる日本信仰、この湧水の流出口には手製の小さな鳥居が置かれている。湧き水リサーチで訪れる場所の周りは住宅地なのだけれど、日常から異なる時空へ旅するように、私は常に登山用手袋と膝までの長靴を着用している。ここは絶滅危惧種のホトケドジョウの生息地。湧き水遺跡はほぼ例外なく、特定の季節にホタルが舞う。

 

Starting this April, I will be joining the ‘Association for Passing Down Regional Heritage’, a branch of the local tourism association, where I currently serve as an associate member. Additionally, starting in June, I will begin a training program to become a certified ‘Cultural Property Research and Outreach Fellow’ for the city.

Side B
ノンフィクションよりもフィクションの創作物語を好む自分は、地元の湧き水に関して地質学や水文学の観点よりも先に、伝説を調べることから始めている。参考図書は地元の故人の郷土史家による1978年刊行の絶版本、市内の『民話伝説集』。客観性を重視した資料が市史ならば、伝説集は語り部の主観性の書物、かつての市長の寄せ書にそう記されていた。市史も伝説集も発掘調査のように労力と年月を費やして隈なくリサーチしながら纏められたもので、それら書籍は登録/未登録、指定/未指定を問わず有形文化財と言えるはず。そんな絶版本の『民話伝説集』を図書館で借りて、必要な章のみ丸ごとコピーして返却。コピーした一頁一頁を見開きの新書サイズに裁断して山折りし、自家調合した製本糊で日本の伝統色が施された美濃和紙をボール紙に貼り合わせて表紙と裏表紙を作り、麻糸で糸綴じして和装本のように自家製本した。「オリジナルよりいいじゃない」と観光協会の下部組織・地域遺産を未来につなぐ会の副会長がコピーの手製本を手にとりながら「この本、復刊させたいね」と仰った。別日に自治会三役とお顔を合わせた際、地元の偉人の著作権や出版権の問い合わせ先を相談したら、すぐに有益なアドバイスを得られた。たとえその先のゴールまで辿り着けなくても何らかの契機に繋がったら嬉しい。

*参考文献:『文化財の未来図〈ものつくり文化〉をつなぐ』村上隆

 

#Hydrology #Animism
PLAUBEL makina 67, ILFORD HP5 PLUS (Fujifilm Microfine 19℃ 8’20”, SILVERCHROME Rapid Fixer)

 

Research: Local spring water ♯01

This location, marked by a flowing stream, is the site of a sacred spring legend established by a monk in the Kamakura period. Located at the base of a cliff near a residential district, the water springs from the geological interface. Surprised by this discovery in my local area, I chose to print the work on traditional Japanese Washi paper (8×10” Awagami Murakumo Kozo Select White) as an experiment in layering legend with reality.

Side A
鎌倉時代、僧侶が念仏を唱えて杖をついたところから清泉が湧き出たという地元の霊泉伝説を辿った。足元に沢が流れるこの湧き水遺跡は、山奥ではなく住宅地のそばの崖下にあり、公園ではないので開かれた入口はない。このような場所は地権者の方々や関係者以外は立入禁止であることも少なくないらしい。東は東京都と接する市内の地形は、西の市境の川に向かって階段を下るように三つの段丘から成り、その地盤は強固で宅地化されているけれど、段丘崖(だんきゅうがい)の斜面の一部には荒地が残されている。関東ローム層と礫層(れきそう)の下から所々で地下水が湧き出ている。手つかずの自然を再現した博物館のジオラマのようなこの場所は、外界との境界を示すように至るところに倒木があり、底なし沼のような湿地に足をとられてしまう。容易に人が近づけない地質と、生命に必要な水の湧き出る様子が伝説を生み、神仏を祀る根拠となったのだろうし、あるいはそうすることで結界を張るように聖域から庶民を遠ざけたのかもしれない。

*湧き水リサーチは、清水に生息する羽黒蜻蛉(ハグロトンボ)の折り本制作から始めたもの。(写真上)現在もこの湧き水から下流の集落の用水路へ簡易水道が引かれているので人工的なパイプが目に入る。

 

My interest in hydrology began with US and Canada based Another Earth’s 2023 open call, ‘What Makes a Lake? Tracing Movement’. This experience has significantly shaped my current research on local springs—sacred, lesser-known sites steeped in ancient legends. 久々に楮紙(徳島県の無形文化財・阿波和紙)にプリント。裏面から光が透過する。

Side B
見上げれば、逆光を浴びた木々の間から建造物のシルエットが見える。野鳥の囀りと崖上の人たちの会話が頭上から降ってくる。ドローンを飛ばして衛星写真のように真上から眺めたら、きっと大地が細長い△型にひび割れていて、その底を自分ひとりが彷徨っているように見えるだろう。一枚目の写真は歩いてきたルートを振り返ったところで、背中側が△の先端の湧き水の流出口だと思った。けれど、目当ての石碑が見つからなかった。後日、観光協会の下部組織・地域遺産を未来につなぐ会の定例会議の場で、市の文化財調査普及員を兼任されている副会長と理事に写真をお見せしたら「もっと奥」と言われて驚いた。行き止まりに思えたし、それ以上は怖いと思った。再び現地に赴いて、道なき道を進んで、目当ての石碑に辿り着いた。その脇に湧き水の流出口があった。「今度、そこの拓本をとりに行こうか」と副会長が言った。郷土資料化のためにも「とっておきたいですよね」と僕は頷いた。将来、地下水が枯渇したり、この場所が開墾されたとき、石碑が残されるかどうかはわからないのだ。

拓本: 美術のフロッタージュと同様な技法で石碑や歌碑を写しとったもの。所有者(お寺や自治体)の承諾が必要。

 

#Hydrology #Animism
PLAUBEL makina 67, ILFORD HP5 PLUS (Fujifilm Microfine 19℃ 8’20”, SILVERCHROME Rapid Fixer)

 

Life Update: Toward a Quiet New Start

These are the bruises on my mother’s arms, who turns 90 this year.
Late last year, I began living with and caring for my elderly parents. Over the following month, I witnessed domestic violence from my father toward my mother. At the beginning of this year, my mother collapsed due to another issue and was rushed to the hospital. While the CT scan showed no abnormalities, she is now unable to walk on her own. I have since purchased a wheelchair to assist her with hospital visits. Since then, my father’s emotional outbursts seem to have calmed down slightly. I hope to regain my own peace of mind by refocusing on my personal work.
I sincerely apologize for not being able to reply to those who reached out via social media or email. I haven’t been able to check my accounts for over six months. Currently, I am conducting research on local cultural heritage. I hope to start posting about my activities on this website again, little by little.

PLAUBEL makina 67, ILFORD HP5 PLUS (Fujifilm Microfine 20℃ 8’20”, SILVERCHROME Rapid Fixer)

 

The vanished landscape

L: From the series Borderland (11×14″ Lambda print* on baryta paper)
R: From the series Coastline (8×10″ Pigment print)
*Printed by professional lab Shashin Kosha, 2021

今はもう存在しない神奈川の風景。『Borderland』シリーズの舞台、元米軍施設の広大な敷地はテーマパークの建設に向けて再開発中。取り壊されて新たなレジャー施設に建て替えられたのは、戦後の一時期、米軍に接収されていたことがある『Coastline』シリーズ内の海岸のプール。現実から消失しても写真には残せたこれらは、戦争の負の側面の他、調べれば色んな歴史を教えてくれた。駐留米軍が神奈川のビーチで嗜んでいたことから日本で普及したサーフィン、米軍基地でジャズ演奏する日本人をマネジメントする組織がのちの芸能界になったこと、撮影した米軍施設では二名の米軍職員が旧ソ連に亡命、彼らの声明によってアメリカが同性婚を認めるきっかけになったこと、日本国内にも国境が存在することなど。

*参考文献:『米軍基地と神奈川』栗田尚弥、他

 

Participated as a guest in a regular meeting of the local tourism association, the City Cultural Property Research and Outreach Fellows, and the Board of Education’s Cultural Assets Division. / 普段は自治会役員会議で訪れるコミュニティルーム

羽黒蜻蛉(ハグロトンボ)の折り本がきっかけで、観光協会と文化財調査普及員の方々の定例会議の場にゲストとしてお呼び頂いた。教育委員会の方もご同席されていて、市内の戦争遺産や文化財登録制度に関するお話もあった。会議後、観光協会の下部組織会長からまるで試験のように尋ねられた。「更地になって文化財登録が抹消された女子大の戦争遺構は知ってた?」。知りませんでした、と正直に答えた。「城に興味はある?」の質問には、和紙と和綴じで自家製本した江戸城の採石場の写真シリーズ『The Wall』を思い浮かべた。文化財や地層や動植物のリサーチ、城跡の発掘調査や史跡のガイドをされている文化財調査普及員の方々からは、講習を受講して推薦を経ればスタッフに加入できるとお教え頂いた。来年の抱負にそれを含めようと思った。

 

Collection: Art exhibition catalogue ♯5

シンポジウム: タイポグラフィ・タイプフェイスのいま
女子美術大学 2004
Symposium: Today’s Typography and Typeface
Letters for Printing in Digital Age
Joshibi University of Art and Design 2004

図録コレクションから第五弾 | 図録と会議録

ノートやメモは自分のために残すもの。書いては捨ててしまうものも少なくないかもしれないけれど。2004年12月4日、ヒラギノ明朝体や小塚明朝など国内主要書体の書体設計家やデザイナーの先生方が女子美術大学相模原キャンパス2号館224教室に一堂に会して『タイポグラフィ・タイプフェイスのいま。デジタル時代の印刷文字』というシンポジウムが開催された。観覧者だった僕は、第三部で司会を務められた教授 (*) のお話を20年後に思い出すことなどつゆも知らずにメモしていた。

印刷物の与える影響 丸ゴシックの出現 → 手書き丸文字の出現

「我々はもう連綿で平仮名を書きませんから、それは印刷文字からの影響とも言える。私は丸文字第一世代ですが、本文に丸い文字やゴシックを使い始めたことが影響している。書き文字が印刷文字に影響を与えるよりは、印刷文字が書き文字に影響する方が多いのは歴史的に見てもほぼ間違いないと思います」

 

21年前のフライヤーと丸文字第二世代のメモ

20年後、独学の僕は「あの日、あの会場にいたんです」とはさすがに言えなかった。昨年、iwao galleryで20年ぶりにお目にかかった永原教授のサイン入りのご著書を “利き紙” してみようと、その帰路、鞄から取り出した。カバーに使われている紙の面質はヴァンヌーボのようで違う。アラベールやミスターB系にも思えるのだけれど、どちらかというと阿波和紙「忌部」厚口を白く薄くしたようなオフセット印刷用紙はちょっと思い浮かばなかった(波光という用紙だった)。本の内容を表しているはずのタイトルの書体は、20年前のあの日を思い起こすような連綿の平仮名だった。連綿の平仮名フォントなんて僕は見たことがなかった。それはきっと先生の研究室で設計(デザイン)された書体に違いないと僕は勝手に想像した。

造本コンセプト『日本語のデザイン 文字からみる視覚文化史』永原康史: takeopaper.com

*当時、国際情報科学芸術アカデミー (IAMAS) 教授、のちに多摩美術大学教授、デザイナー&アートディレクター。写真上・左隅は女子美術大学図書館・女子美術大学美術館共同企画展『活字書体の源流をたどる』図録(2006年)

 

Collection: Art exhibition catalogue ♯4

ジョセフ・アルバースの授業 色と素材の実験室
DIC川村記念美術館 2023
Josef Albers: Pedagogical Experiments
Kawamura Memorial DIC Museum of Art 2023

図録コレクションから第四弾

展覧会のタイトルどおり、入場者が参加できるワークショップがあった。バウハウスやブラックマウンテン・カレッジの美術教師だったジョセフ・アルバースの教えのように、一枚の紙を折って何らかの形を作り出し、紙は折ることで強度も得られることを知る。あるいは複数の色紙を重ね合わせて色の相互作用を体験する。一方で、画家でデザイナーでもあったジョセフ・アルバースの「正方形讃歌」シリーズを展示ブースで見たときには、あくまで僕は配色実験の要素よりも、近づけばなぜかその筆跡にアンドリュー・ワイエスの絵から感じる静謐さと似たようなものを感じたり、引きで見るとその大きさも相まって一際美しいミニマリズムの抽象画に思えた。などと、感想を述べることさえおこがましく感じるけれど、DIC川村記念美術館が閉館する前に素晴らしい展覧会を見られたことは幸せだった。図録には様々なバウハウス関連書籍を補完するようなテキストと図版が満載されている。352頁、発行: 水声社

 

『一般教育と美術教育 所有的か生産的か』ジョセフ・アルバース/『ジョセフ・アルバースの授業』より

ここで、いわゆる進歩主義教育のもたらしたお粗末な遺産について触れておきたいと思います。それは、あらゆる芸術にとってきわめて重要な原理は、自己表現であるという考えです。私は自己表現が芸術学習の始まりだとも、いかなる芸術の最終目標であるとも思いません。(中略)しかし不思議なことに、そのような落書きを自己表現 − それゆえ芸術として受け入れてしまう人は少なくないのです。

『デザインについて バウハウスから生まれたものづくり』アニ・アルバース

古代ギリシアの水がめは、現代で使うには向かないけれども、いまだに私たちに崇敬の念を抱かせてくれます。今度はバケツはどうでしょう。現代においてはだいたい同じような用途を果たすものです。古代の器に比べたらはるかに機能的ではあるけれど、小恥ずかしくて赤面しそうになりませんか。なぜなら、遠い将来、私たちの文化水準がバケツ並みだと判断されそうだからです。

*テキスタイルアーティストのアニ・アルバースの言葉は工芸品と大量生産品についての所感というニュアンス。

 

Books | Left to Right:『配色の設計』ジョセフ・アルバース 永原康史監訳、『ブラック マウンテン カレッジへ行って、考えた』永原康史、『デザインについて バウハウスから生まれたものづくり』アニ・アルバース 日髙杏子訳、『美の構成学 バウハウスからフラクタルまで』三井秀樹、『BAUHAUS HUNDRED 1919 – 2019』伊藤俊治

 

Collection: Art exhibition catalogue ♯3

初期浮世絵展 版の力・筆の力
千葉市美術館 2016
An Exhibition of Early Ukiyo-e: Power of the Woodblock, Power of the Brush
Chiba City Museum of Art 2016

図録コレクションから第三弾

平安貴族の女性は黒髪ロングのストレート。江戸時代の美人画の女性はかんざしを挿して髪をアップに結い上げている。西から東へ、鎌倉時代からの流れかと思いきや、日本髪と呼ばれる江戸のヘアスタイルは歌舞伎で言うところの女形スターの容姿を女性が模したのが発端、つまり男装らしい。江戸の大衆文化はわりとジェンダー・ニュートラルだったのかもしれないし、社会学的に浮世絵を鑑賞するのも面白いかもしれない。
2016年の『初期浮世絵展』は日本大学芸術学部美術学科出身の女性が案内してくれたもので、事前に菱川師宣記念館に立ち寄っていたことが伏線となった。前知識を有していなかった自分の方が夢中になってしまった。その感動は書ききれないし、ここでは知ったかぶりで絵師の名を列挙するのはやめよう。屏風画にも、絵巻にも圧倒された。実物はすごい。描かれている物語のスケール、ものとしてのディテール。和本にも見入ってしまった。そんな中、1741年頃に遠近法を試みて、遠近感が一部おかしくなった奥村政信の「両国橋夕涼見大浮絵」を始めとする三点には、このような涙ぐましい努力があって新時代が開かれるのだ、と泣きたいくらい感動したのを覚えている。心残りは、紙に着目するのを忘れたこと。和紙であることに違いはないだろうけれど、きっと和紙だから残るのだ。

 

Left: 奥村政信と西村重長 Right: 菱川師宣
この図録は実に301頁、図版195点、1430g。タイポグラフィが美しい。
図録制作: 美術出版社デザインセンター
参考文献: 『春画のからくり』田中優子、『江戸へようこそ』杉浦日向子、『和本入門』橋口侯之介

 

Collection: Art exhibition catalogue ♯2

版と型の日本美術
町田市立国際版画美術館 1997
Impressions in Japanese Art
Machida City Museum of Graphic Arts 1997

図録コレクションから第二弾

紙を発明したのは中国だった。原料にセイタンという植物の樹皮を用いた手漉紙を宣紙という。手漉きの技術が日本に伝わり、原料に雁皮や楮(こうぞ)を用いて和紙が生まれた。「もともと日本には文字すらなかった」。昨年、デザイナーで多摩美術大学元教授の永原康史先生は蔵前のiwao galleryでそう仰られた。先生のご著書『日本語のデザイン 文字からみる視覚文化史 (*)』では「紙のデザイン」の章で中国由来の装飾紙、唐紙(からかみ)が取り上げられている。町田市立国際版画美術館の図録『版と型の日本美術』にも「料紙装飾」の章で唐紙に関する学術的解説がある。二冊を併読すると、貝殻の粉や顔料を混ぜ合わせて色をつけ、さらに文様が摺られた唐紙はそれ自体が美しいけれど、その装飾を活かすように余白をたっぷり設けて書かれる女文字(平仮名)の美しいこと。平安時代、貴族の嗜みは紙とタイポグラフィがセットなのだ。図録は京都便利堂の制作。章立ては、型押(仏像)、型染(着物の文様)、料紙装飾(唐紙)、仏教版画、模写、出版(経典)、そして版画(浮世絵)。2006年に女子美術大学で見た『KIMONO 小袖にみる華・デザインの世界』展とも重なる。充実の内容にも関わらず、美術館では今や¥1,400という格安プライスタグがついている。図録の在庫数は数冊とのこと。

*私の所有する本は永原教授のサイン入りiwao galleryエディション。先生と磯辺さんに感謝します。
*女文字や女手と呼ばれた平仮名が公用で使われたのは紫式部の源氏物語以降、それ以前は漢字のみ。

 

Left: 昨年の展示では宣紙にジークレープリントされていた中国出身ロンドン拠点のビジュアルアーティストFeiyi Wenさんの作品
Right: 『日本語のデザイン 文字からみる視覚文化史』永原康史
他の参考文献: 『日本史を支えてきた和紙の話』朽見行雄、『和本への招待 日本人と書物の歴史』橋口侯之介