Minami-Nagasaki

一色真由美 × 小山奈那子 二人展「波の穂」、その告知を見たとき、二つの理由で観に行こうと思った。ひとつは、9年前、奈那子さんが日芸在学中に開いた初個展以来の展示観賞、顔を合わせられたら4年ぶりだったこと。もうひとつは、会場のターナーギャラリーがある東京都豊島区南長崎(最寄駅は西武池袋線の東長崎駅)は自分の出身地で、母方の今は亡き祖母の家があったところだからだ。二人展開催初日の7月29日、展示観賞と同時に南長崎の祖母の家の周り、トキワ荘通りも歩いた。

 

今回の二人展、展示を観ながら、正直その一点モノを買えるものなら買いたいと思った。幸い、展示と連動した作りのphotozineがあったし、ポストカードもあったので、奈那子さんとスタイリスト伊藤さんを前にこれ全部買うと言った。思い違いかもしれないけれど、かつて写真グループで奈那子さんと知り合った当時、高校生だった奈那子さんはその頃すでに10代をテーマにしたものを手がけていたような気もするし、日芸在学中もそれ以降も、何らかの形、何らかの傍らで、10代をテーマにしたものをずっと続けていたような気もする。会場で教えてもらった一色さんや伊藤さんとのユニットAqubiのフォトブックも後日Amazonで購入。そのフォトブックに至っては、もしも自分に娘がいたらこんな本を見せてあげたいと思った。久しぶりに目に触れるそのクリエイティビティはやっぱり流石で、そんな中、テーマに対して自分は女性ではなく男性で、感じる深さが足りない部分もきっと大きいのだろうと思うけれど、純粋に観ていて楽しく、興味深く、何か心が洗われるような展示観賞だった。

 

南長崎、祖母の家があったところの目の前。当時と変わらず、狭い路地(トキワ荘通り)を都バスが走っていた。幼少時、母に連れられて祖母の家へ行くときは、山手線の目白駅から都バスに乗って行った。僕は小学校四年生のときに母のカメラ、Canon Canonet Jr.を譲り受けて写真というものを知った。そのカメラは今も手元にあるけれど、その頃に増感減感現像のことも母から教えられた。母は20代の頃、この南長崎で祖父から二眼レフのローライフレックスをプレゼントされ、それを大事にしていたところに親類から「お前にこれは贅沢だ」と取り上げられてしまう。昭和初期、カメラは家宝、カメラは防湿庫よりも金庫に仕舞うような時代だったのだ。もちろんローライはおしゃれカメラなどではない、超高級舶来品。頭にきた母は、大塚のカメラ屋さんに行って、自腹で当時最新機種のCanon Canonet Jr.を購入したらしい。今思えば、若い頃の母は相当ハイカラな人だったのだろうと思う。

 

日本大学芸術学部のある江古田、その隣の東長崎は、幼少時に母のカメラを持ってよく歩いたところだ。東長崎駅の踏切などは自分にとって思い出深い。南長崎で声をかけた人々は、随分変わっちゃったよ、と口を揃えて言っていたけれど、見覚えのあるお店がまだあったし、僕の目にはほとんど変わっていない印象でちょっと安心した。祖母の家があった場所で、その近所に住む数人のおじさん達と話をした。すると「裏の公園に行ってみな? 宇宙船、まだあるぞ」と言われた。子供が中に入れる丸い遊具のことだ。僕はいつかそこで、改めて違う形で写真を撮ってみるかもしれない。