Setouchi Trip | in Shodoshima

先にお礼を。高松に向かう道中、淡路島のPAで車のトラブルの相談に応じてくださった(正規ディーラーがお盆休みなのを承知の上で電話してくださった)E91オーナーさん、小豆島の坂手港で考え得る限りのアドバイスをしてくれた車好きの兄さん、その節は本当にありがとうございました。

小豆島。幼き頃に高松の従兄と渡ったときの記憶は、醤の郷、二十四の瞳像(土庄の銅像)、道端に普通に群生するオリーブ、それと渓谷。エンジェルロードも景勝地のひとつとしてたぶん昔に行っているけれど、その名称はまだその頃、付いていなかったのではないかなと思う。

 

今年高松で、従兄に「久しぶりに一緒に小豆島行こうよ」と聞いた。従兄の回答は「ぜんぜん行こうと思わんなぁ」だった。その理由のひとつは「めんどくさい」だけれど、もうひとつは小豆島行きフェリーが発着する高松港や高松駅周辺の文化だったようだ。「もうな、駅の方行ったらな、若者の言葉が何語かようわからん」みたいなことを言い、どんなときに語尾でさー言うの?意味わかる?と聞かれた。こっちのことはさっぱりわからない、と答えながら「それってさ、もしかしてさ、神奈川?!」と思い当たった。「去年さー」と僕は言い「瓦町で讃岐弁じゃないなぁと思ったんだよね。あいつけえへんな、って讃岐で言う?」、「言うかもしれんなぁ」と従兄は言い、言うの?と聞き返した。「あいつはこん、って言ってるじゃん」、「あ、こん言うな、こん言うよ」、橋が出来てからだいぶ変わった、そんな話をした。

 

昨年、30年ぶりに高松へ向かったとき、あえて橋がなかった頃と同じように神戸からフェリーに乗った。昔のフェリーは双胴船で高松直行だった。今のフェリーは途中、小豆島に寄る。神戸から3時間が経って小豆島に着くと、なんと乗客の9割方が降りてしまった。本気で驚いた。自分は30年遅れの価値観なのだ。船はもう本州から四国へ渡るためのものではなく、陸続きになった四国と淡路島を「島」から省くと、小豆島は瀬戸内の中で一番大きな存在になったのだ。人のいなくなったフェリーの甲板に出て、出航するまで島を眺めていた。坂手港の搭乗口の近くに瀬戸内国際芸術祭の広告バナーとモニュメントも見つけて、この30年のブランクは思いのほか大きいと思った。

 

「東京生まれのお前には故郷がない。高松を故郷と思っていいんだからな」幼少の頃から父に作戦じみた台詞を言われていた。「考えとく」と答えていたけれど(父に言わせると、向こうで「考えとく」はNGという意味らしい)、残りの人生、故郷の四国まではもうおそらく行かない父のために「そうだね」くらいはそろそろ答えていいのかもしれないなと思った。緑色で、水たまりのような穏やかな海。本当は今でも、自分の目でそれを見たいのだろうと思う。観光写真のようになってしまっても自分は最低限父に見せるため瀬戸内をこれからも撮るだろう。

photo series / photo journal : Setouchi Trip